第三十話「サンダー・ボーイ」第三十話「サンダー・ボーイ」アメリカ大陸の北部にはフォードレイタウンと呼ばれる街が存在している。しかしこの街は唯の街ではない。 「人っ子一人いやしない滅びた街なのさね。此処は」 狂夜の死体を担ぎながら街中を歩くエリックの隣で、薫が言う。 「昔は結構栄えたらしいんだけどね。時代の流れとともに、フォードレイタウンは荒んで行ったのさ。詳しい原因は知らないけどね」 そんな荒んだ街に彼等が足を運んでいる理由はエリックが担いでいる切咲・狂夜にあった。船の中で何者かに殺されてしまった彼を生き返らせるためには、この街に来なければならない、と誰かがエリックに言った気がしたのだ。 気がした、と言うのも、脳に響いてきただけで、実際に聞こえたのかは疑わしい。何せ、隣にいたはずの薫は聞いていないのだ。 しかし、それでもエリックはこの声に賭けてみたのである。 だが、フォードレイタウンに辿り付いてから狂夜の死体は何の反応も見せない。いらいらしていったのか、エリックは思わず叫んでしまった。 「おいこら、フォードレイタウンに着いたぞ! 何とか返事しやがれええええええええええええええええええええっ!!」 エリックの叫びが埃まみれの街中に響く。その後はしん、と静まり返っただけで、何の反応も無い。 「ちっ、なんだってんだよ。ったく!」 エリックが悪態をつく。隣に立つ薫は溜息をついてから、何処かで腰を休める場所が無いかと周囲を見渡した。 その時である。 男の声が響いた。しかも船の中でエリックの脳に直接語りかけた男の声だ。 『OK,こちらでも確認した』 次の瞬間、エリック達の左側にある寂れたアパートの扉が何の前触れも無く、鈍い音を立てながら開いた。 『入りたまえ。そのアパートの二階、204号室で会おう。隣のお仲間さんもドウゾ』 その瞬間、分ってるじゃねぇかと言わんばかりの不気味な笑みをエリックが浮かべた。 アパートの204号室は椅子以外は何も無い唯の寂れた空き部屋だった。いや、人数分の椅子が用意された所を見ると、正確には空き部屋とは言えないかも知れない。しかし今にも穴が空きそうな古い床や壊れた窓ガラスから差し込む涼しい風が、やけに殺風景なのだとでも言い聞かせるように見えた。 「やぁ、よく来たね。座りたまえ」 部屋の隅の椅子に座っていたのは、何故か執事の格好をした青年だった。見た目は20歳くらいに見えるが、話し方がやけに高齢に思える。 「自己紹介をしておこう。私の名はギース・マイルド。ある方に仕えていた身だ」 成る程、だから執事服なのか、とエリックは勝手にギースの服装に納得していた。 しかも過去形である。それでも仕えているのだ、と言う事はよっぽどの忠誠心のようだ。 「んで、どうやったらキョーヤは生き返るんだ?」 何の回りくどい言い回しもしないで、エリックははっきりと言い放つ。そもそもにして彼が死体を背負ってまでこんな街にまで来たのは仲間を生き返らせる、という方法を知るためである。それ以外ならこんな寂れた場所に自分から足を踏み入れようとは思わない。 「少々時間をいただくが?」 「どのくらい?」 エリックの疑問に、ギースは少々考え込むと、答えをゆっくりと口にする。 「大凡三週間。それだけの時間があれば、こちらの仕事は終わる」 ギースの最後の単語を、エリックは聞き逃さなかった。 「仕事ってのはどういう意味だ? つーかそもそもにしてアンタ何者だ? ただの人間じゃねーとは思ったんだが」 「そうだな。君達には知る権利がある」 すると、ギースは突然立ち上がり、ぺこり、とお辞儀をした。 「先ずはお礼を申し上げます」 突然の口調の変化と、予想外の言葉の前に思わず固まってしまう二人。一体全体どういう意味なのか良くわからない、というのが本音である。 「エリック様」 「お、おう」 そして慣れない突然の「様」付け。余計に頭が混乱する。 「狂夜様と仲良くして頂き、本当にありがとうございます。私としましても、感謝の言葉しか言えず、誠に申し訳ない気持ちで……」 「あ、いや。ごめん。全然話が見えないんですが?」 エリックが申し訳なさげに言うと、ギースは頭を上げ、面と向かって話を再開する。 「実は狂夜様は、我が主、リンガル様のご子息なのです」 リンガル、その名詞に聞き覚えはないが、『ご子息』という単語にエリックは反応する。 翔太郎の元で育った彼ら四人はエリック以外は素性の知れない(正確に言えば自分たちの記憶がない)連中ばかりで、親の情報すら明らかでなかったのだ。今まで共に過ごしてきた身としては、興味深い話題である。 「リンガル様は二十年前、日本の女性―――――切咲・舞夜(きりさき・まいや)様との間に一人の子供を授かりました。それが―――」 「キョーヤってわけかい」 「そのとおりです」 狂夜の名前は、彼が物心が付く前から手に持っていたペンダントから判明している。しかし相当昔に翔太郎に預けられたらしく、親の記憶は全くないのだ。 「しかしリンガル様は悩みました。果たして自分の血を継ぐ者を誕生させてもよかったのか、と」 「は? なんでさ」 「リンガル様は、私を含めて数少ない『化物』の生き残りだったからです。貴方達に判りやすく言うなら」 ギースは少々考えた後、旨くまとまった単語を放った。 「吸血鬼、ですかね」 吸血鬼と言えば人の血を吸う化け物である。しかも「分かりやすく言うなら」、と比喩を言ってることからして、ある事実が推測できる。 「んじゃあ、実際は吸血鬼に近い何か、ってとこかい?」 「そうなりますね。まあ、血を吸う、と言う意味では吸血鬼と言っても差し支えないと思います」 話を進めると、リンガルは自身に宿る本能に逆らいきれず、自身の愛した妻の血を吸ってしまい、最終的には亡き者にしてしまったのだと言う。 心を痛めたリンガルは、息子にはどうか人としての人生を歩んでほしい、と言うことで、偶然にも旅の途中だった翔太郎に預けたのだと言う。 「そして、リンガル様が狂夜様の吸血鬼化を防ぐ手段として用意したのが、この眼鏡でした」 ギースは狂夜の死体から、牛乳瓶の底みたいな眼鏡を取り上げて見せてみる。 「一見何処にでもあるような普通の眼鏡に見えますが、このレンズが狂夜様の本能を抑える役割をなしているのです」 そういえば、狂夜は何故か眼鏡を外すと性格ががらり、と変化する。あの性格の違いはもしかしたらその本能のほんの一部だったのかもしれない。 「そして二年前、リンガル様は長年人の血を吸うことも無く、静かに衰弱死しました。そして私に最後の命令を与えたのです」 狂夜を頼む、それがリンガルがたった一人の部下に言い残した言葉であった。 「申し訳ありません、エリック様。私、貴方を試させてもらいました」 「試す?」 そうです、とギースはお辞儀をしたまま続ける。 「私は狂夜様がアメリカに辿り着いた瞬間、リンガル様と似た波動を感じ取ることで狂夜様を発見しましたが、その隣には貴方がいました」 そしてギースは見たのだ。この茶髪のお気楽そうな印象を受ける青年と一緒にいることで、狂夜が笑っているのを、だ。 「狂夜様はよき友人を持たれた。貴方と直接会い、話すことで確信しました。貴方は何よりも友を大事にしていらっしゃるのですね」 此処最近あまり褒められることが無かったので思わず照れるエリック。恐らく、最初あったときの偉く上から見下ろしたかのような態度はこちらの人間性を見極めるものなのだろう。 人間性自体には多少問題はあるが、ギースが重要視したのはあくまで『友情』である。そしてその結果、エリックは見事合格をもらえたのだ。 次の瞬間、ギースは一礼する。 「狂夜様の復活には体内に宿るリンガル様の力を蘇らせることが必要です。その事は私にお任せください」 何故なら、 「主が私に与えた最後の命令ですから」 ギースの元に狂夜の死体を預けたエリックは薫と共にニューヨークへと渡っていった。あれから三日ばかり経っているが、約束の時は三週間だ。先はまだまだ遠いのである。 「んで、あんたニューヨークに来て何する気さね?」 薫が尋ねると、エリックは振り返りもせずに答える。 「あー、ここの地下に犯罪者達が集まる集落みたいなのがあるんよ。昔は俺もそこで厄介になってたから、ちっと挨拶しておこうと思って」 裏路地の階段を下った先にある寂れた扉。しかも裏路地自体が結構入り組んでいるので、位置を知らなければ中々たどり着けない。 この先が、エリックの第二の故郷とも言える空間とつながっているのである。 「んじゃ、オープン、ザ、ドアー」 きぃ、と鈍い音を立てながら扉が開く。 そこから先に続く道は正に異世界ともいえる空間であった。 まるでゴミ箱のように密集している物置。そして目つきが悪い、胡散臭そうな男たち。何より電灯が切れている為、異様に暗い。正に世界の「裏」を一瞬で見せつけられたかのような光景だった。 「お、おめぇエリックか!?」 最初はこの場所を突き止めた警官と勘違いしたのか、銃を向けたままの体勢で体格のいい大男が言う。 「いよー、モーガン。久しぶりだな」 モーガン、と言われた大男は銃をしまうと、嬉しそうな顔でエリックの下へと走る。 「この野郎。急にオーストラリアになんか行くからこっちは寂しくなってたんだぜ!」 「悪いな。久々に皆の様子を見に来たんだ」 モーガンとエリックの会話を聞きつけた男たちが次々と集結していく。どいつもこいつも社会の裏側でないと生きれなくなってしまった連中である。 最初に現れたモーガンなんて正にいい例だ。彼は六年ほど前に強盗に襲われ、有り金をすべて奪われてしまった過去を持つ。生活に困った彼は自分も強盗をしたわけだが、その際に警備員を三人撃ち殺してしまい、以後逃亡生活を続けている。この集落でのエリック最初の友人でもあった。そして、現在のボス格である。 「おー、エリックか。随分と懐かしいじゃねぇか」 「戻ってきたのかよ」 わらわらとエリックの下に集まってはありがたまれるお地蔵さんみたいな状態になっていく犯罪者たちの集落。彼らにとって、いまや世界的有名人である怪盗シェルことエリックは、正に有名人になった幼馴染となんら変わりがない状態なのである。 「だが、いいタイミングで戻ってきてくれたぜエリック。後ろのおばちゃんは何だ?」 「ああ、ちょっとした恩人だ。ある意味では俺たちと同類だよ」 んで、とエリックは続ける。 「いいタイミングってことは、何かわけありってことかい?」 「流石に鋭いじゃねぇか。だがお前が来てくれたとなれば百人力だ」 そういうと、モーガンは犯罪者たちの中央にどっかりと座り、話し出した。 「エリック。後ろのおばちゃんもよく聞いてくれ。………ヤバイ事に、此処の存在がサツにバレた」 「何!?」 思わず飛びのくエリック。 「実を言うと、一度踏み込まれたことがある。その時はなんとか全員うまく隠れてやり過ごしたんだが、次は上手く行くとはかぎらねぇ。いや、もしかしたらわざと泳がされてるのかもしれないが、そこまでは流石にわからねぇ」 そこで、とモーガンは計画を語りだす。 「サツの本拠地に潜り込んで、情報を奪ってきてほしいんだ。天下の怪盗様であるお前なら楽勝だろ?」 「こういうのは正に泥棒様の出番だな。でも、俺が戻ってこなかったら誰がいくことになってたんだ?」 ああ、とモーガンは反応すると、エリックの背後を指差す。 「一人は後ろにいるよ。もう二人は今はいねぇ。どいつもお前が出て行った後に此処に来た連中だが、信じられんほど腕が立つぞ」 振り向いてみると、其処には一人の人間の姿があった。 だが、その格好はあまりにも奇妙としか言いようが無かった。先ず、顔の上半分は長すぎるオレンジの髪で完全に隠れており、顔の下半分はごっつい黒の鉄マスクを装着しているため、表情がまったく読めない。と言うか、顔自体見えない。 しかも服装は上半身がグレーのパーカーで、下半身がジーパンと普通の格好なわけだからゴツイ黒マスクが目立つったらありゃあしない。 「紹介しよう。カノン・エルザハーグだ。年齢は此処で最年少の18歳で、念のために言うと性別は男だ」 モーガンが一通りの紹介を終えると、カノンは無言でぺこり、とお辞儀をする。 「妙にだんまりとしたガキさね。何か言えばいいのに」 「そう言いなさんな、おばちゃん」 モーガンが言うと、彼はカノンのことについて喋りだした。 「こいつはな、どういうわけか生まれつき言葉が出せないのよ。病院には同じく足の不自由な妹さんがいてな、そいつの治療費を稼ぎたいがためにこんな世界に身をさし投げたのさ」 そのゴツイマスクのお陰で彼についた異名が「デスマスク」。その鉄のマスクを見たら、二度と生きては帰れないというらしい。 「主に賞金稼ぎなんかしてたんだが、次第にデスマスク自体に賞金がつくようになったわけでな。こうして俺たちと住むようになったわけだ」 すると、カノンが懐から紙とボールペンを取り出し、何か書き始める。 数秒としないうちに書き終えたようであり、紙をエリック達に見せる。すると、そこにはこう書かれていた。 『よろしく』 直線的でいいと思う。余計な言い回しが無いだけすっきりしている。 「後の二人は……お、今帰ってきたな」 振り返ると、其処にはエリックと同じくらいの年齢の青年が二人。一人は見た目は東洋系で、少し長めの黒髪を後ろに纏めているのが特徴的だった。 そしてもう一人は、エリックも良く知っている人物だった。 『ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!』 エリックとその男は思わずハモって絶叫。 その男の正体は、嘗てエリックを苦しめた、 「アルイーター・スンズヴェルヌス!?」 「き、貴様はあの時の……!」 正に思っても見なかった再会である。 アルイーター。遠い惑星「エルウィーラー」から地球侵略のためにやって来た宇宙人で、しかも将軍なんて位置にいた男である。宇宙船が海に沈んだ際、書置きを残して行方不明となっていたのだが、まさかこんな所で再会するとは思っても見なかった。 「なぁーんでお前が―――」 「ストップ!」 神速ともいえるスピードでエリックの口を塞ぐアルイーター。すると、周りに聞こえないようにエリックの耳元で囁いた。 『私が宇宙人で、しかも将軍であることは内緒にしてほしい! 私は君たちに敗北して以来、今でも自分を鍛えぬく為に此処でお世話になっているのだ。今此処で追い出されるわけには行かない! そして、正体を知られるわけにも行かないのだ! 私の意地に反する!』 『んな事言っても誰も信じないと思うけどなー』 何せ、エリックもこの間までは信じていなかったわけである。此処の面子が簡単に宇宙人だ、地球侵略だ、と言ったところで信じるとは全く思えない。 『そんな事より、君こそ何故ここにいる?』 『此処は俺の古巣だ。文句あるかコラ?』 以前酷い目に会っているだけあって、いがみ合いは続く。 「なんだお前ら知り合いか? なら紹介する手間が省けたってもんだがよ」 モーガンはそういいつつも、この二人から発せられる凄まじい火花の前に思わず冷や汗をかいてしまう。取りあえず、下手に首を突っ込むよりは残り一人の紹介をしたほうがよさそうだ。 「んじゃ、もう一人の紹介をさせてもらうぜ」 だが次の瞬間、モーガンの行動を手で制した男がいた。 問題の残り一人の黒髪の青年である。 「自己紹介くらいは自分でするさ」 その声に反応して、エリックは思わず青年のほうに振り向く。 なんだろう、何故かその青年の声を聴いた瞬間、この男から、 (最終兵器の波動? いや、違う……でも何か『違和感』を感じるな) 青年は笑っている。だが、口元だけは笑っていても、『目』は笑っていない。その刃のように鋭い目つきは、まるで獲物を見つけた『ハゲタカ』を連想させた。 その瞬間、エリックは理解した。 (この男は……危険だ!) 何がどう危険なのかはよくわからないが、彼の脳みそが訴えているのだ。 あの男は最終兵器よりも危険かもしれない、と。 「神鷹・カイトだ。よろしく」 すると、カイトと名乗った男が手を差し出し、握手を求めてきた。だが既にこの男の視界に入っただけで汗だくになってしまったエリックは、その行動を理解するのに数秒かかってしまった。 「……エリック・サーファイスだ。よろしく」 ややあってから、ようやく握手をしたエリックとカイト。 だが次の瞬間、カイトの口からとんでもない発言が飛び出した。 「……へぇ、珍しいもん持ってるんだな。槍か、それ?」 「!!!!!!!!!!!!!?」 驚きのあまり言葉を失うエリック。 彼の言う槍、とはランスを指す言葉に他ならない。しかし、ランスは今現在手元には無く、念じることで手元に出現させる状態なのだ。つまり、この男は『今、この場には無いランスの存在を認めた』と言うことになる。 「誰だ、お前は?」 更に汗まみれになったエリックは、周囲に聞こえないほどのか細い声でつぶやく。 「言ったろう。俺は神鷹・カイト。……今は味方だよ」 『今は』 この単語が何度もエリックの頭を駆け巡る。 では仮に、明日になったらこの男はどうなるのだろうか。敵か、味方か、それとも第三勢力となるのだろうか。 兎に角、今のエリックにはカイトという男が、とても不気味な存在に思えた。 神鷹・カイト。 年齢はエリックよりも少し上で21。ここ数ヶ月で犯した犯罪は、判明しているものだけでも殺人、強盗、恐喝、誘拐、その他あわせて20を超える犯罪者だ。もしかしたらそれ以外にも何かしでかしているのかもしれない、警官にとってはまさに要注意人物。 情報によると(と言うか本人談)、六歳のときから殺人犯で、その凶悪さから『ハゲタカ』と呼ばれる程の賞金首になってしまったらしい。 だが、不思議な事に、彼の記録は全く見つからない。おかしな話だが、彼の記録はつい最近までのものしかなく、以前の記録はまるでない。まるでこの世界に『ある日突然現れた』感じなのだ。これに関して納得いく説明をすると言うのなら、誰かが警察の情報を隠蔽している、というくらいだが、証拠がない。 「で、この神鷹・カイトがこのニューヨークの街に潜んでいる、と?」 ジョン・ハイマンは署内の資料を読みながら言うと、隣にいる相棒であり上司であるネルソン・サンダーソンは答える。 「とても凶悪的な男だと聞いた。既に街で奴に殺された奴は一週間で6人」 流石に相手が相手なだけにネルソンにも緊張の色が伺える。まるで街中に凶暴な肉食恐竜でも現れたかのような感じだ。 「んでもってつい最近、そいつが発見されてな。尾行した結果、奴のアジトらしき裏路地まで行ったんだが」 ところがどっこい、カイトやモーガン達はすんでのところでやり過ごすことに成功。なんとか見つからずにすんだのである。 「しかし、人の住んでいる形跡は見つかっててな。頃合を見て、もう一度調べることにしたんだそうだ」 「それで、担当の警官は誰なんで?」 ジョンが何気なく言った一言だが、何故かネルソンのこめかみには青筋がついてしまう。何かいけないことでも言ってしまったんだろうか。 「あ、あのー、警部? 自分、何か気に障ることでも言いました?」 そのキングコングみたいなド迫力の前に思わずあたふたとたじろいでしまうジョン。 「いや、お前は当然の事を聞いたまでだ。だが、どうにもアイツは嫌いでな」 「あれ、担当の人って警部のお知り合いですか?」 うむ、とネルソンは頷いてから、重々しく口を開いた。 「名はチャールズ・サンダーソン警部。俺の兄貴だ」 「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!? 警部のお兄さん!?」 ネルソンの兄も警官をしていたとは初耳だった。と言うか、兄がいたこと自体が初耳だった。 「しかもあの警官四天王の一人でな。昔から意見の衝突が絶えなくて絶えなくて……」 流石に警部のお兄さん、警部と言い争いをするとは中々やるな、とジョンは思った。 「兎に角、俺たちはこの街に来ていると思われる怪盗シェルの追跡と共に、ハゲタカやデスマスクと言った面々を捕まえろ、と言う命令が着ている」 「こりゃあ、今までにない大仕事ですねぇ」 今までは怪盗軍団を追っていく仕事が主だったが、今回は有名な犯罪者が更に相手になる。正に現代の戦場とも言えるだろう。 ニューヨークには大きな病院は幾つもあるが、金のない者は小さな病院に通うことになる。カノンの妹、アウラもその一人である。 彼女は生まれつき足が不自由で、物心付いたときから車椅子生活を送っている。足を直すためには膨大な医療費が必要なのだが、 (私と兄さんにはそんなお金はない……だから兄さんも言葉を話せないまま) 何度翼が欲しいと思っただろうか。何度病院の窓の前で普通に出歩く人間を恨めしいと思ったことだろうか。一体自分達が何をしたと言うのだ。少しは普通の人のような生活を送ってもいいではないか。 (まあ、文句を言っても始まらないけどね……) そう考えると、アウラは病室の窓の前から移動を始める。車椅子での移動も随分と慣れたものだが、やはり自分で歩いてみたいものだ。 そんな時だった。 突然ノックが訪れる。だが、自分の部屋に用があるのは大抵担当の看護婦と、 「兄さん」 兄であるカノンは毎日ここを訪れている。だが、流石にあんなゴツイ鉄マスクは装着しておらず、長すぎる髪も整えている。こうすることで随分と別人に変貌してしまい、デスマスクの面影は何処にもなくなってしまうのだ。 『やぁ、元気にしてる?』 笑顔で紙に書き始めるカノン。その後ろには、今回の仕事の『仲間』が三人いた。 「後ろの人たちは? 初めて見る人たちだけど……」 『ああ、今度兄さんと一緒に仕事をするんだ。今回の仕事が終わったら、一緒に買い物行こうな』 「うん。皆さん、兄さんをよろしくお願いします」 きれいなお辞儀でエリックたちに言うアウラ。髪は長めで、色は兄と同じくオレンジ色だが、左前髪が赤色と言うのがとても印象深い。 (なあ、もしかして妹の方は兄貴が何してるかしらねーのか?) 周りに聞こえない声でアルイーターに尋ねると、彼は真顔で答えた。 (ああ。カノンの話では、妹にだけは知られたくないんだそうだ) (ふーん) まあ、確かに人を殺した事で手に入れた金で自分の治療をすると言うのは気分が悪いだろう。話さないのは正解かもしれない。 それに、あの集落にはカノンたちと同じような境遇の者もいる。そういう連中の付き合いがある男として、なんとなく気持ちがわかる気がした。 「!?」 その瞬間、エリックが何かに取り付かれたかのように病室の窓の向こうを睨む。其処から見えるのはこの病院よりも高いビルだが、その屋上から確かに感じるのだ。 (カイトとは明らかに違う。……最終兵器の波動だ!) 思わず動こうとするエリック。だが、隣にいるカイトに制される。 (止せ、向こうも気づいているはずだ。それに、今から行った所で、相手が待ってくれると思うか?) (……なんでお前わかるんだよ) エリックにしてみれば、ビルの屋上にいた男よりもカイトの方が不気味だ。 だが、今はそんなことを考えている暇はない。何せ、明日はこの四人で警官の本拠地に潜り込まなければならないのだから。 ビルの屋上。そんなところからでもバルギルドの視力は、遠く離れた病院の一室にいるエリック達の存在を確認できた。 「ククク……ソードの方はおねんねか。まあいい」 ギラついた瞳。もしも彼を直視したものがいたならば、それだけで気が狂ってしまいそうな瞳。 「だが、面白い物を見つけたぞ。……クククっ、差し詰め、『サンダー・ボーイ』とでも命名しておくかな」 そういうと、バルギルドは病院から背を向け、その場から消えていった。 だが、屋上に響く不気味な笑い声の余韻が、静かな屋上に木霊していく。まるで、これから起きる舞台の幕開けの合図のように。 続く 次回予告 エリック「遂に警察署に忍び込む事になった俺達四人! おばちゃんが来ないのは戦力的に痛いが、なんとかなるだろ!」 カノン『でも、そんな僕らの前に残りの四天王の二人が立ち塞がります。そしてあのネルソン警部も大爆走』 カイト「次回、『デスマスクが割れた日』」 アルイーター「はっはっは! 遂に私が主役となる時が来た!」 エリック・カイト『お前は黙ってろ!』 第三十一話へ |